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“母は、強し”

約20年前に埼玉県で発生したとある窃盗事件の犯人として、神奈川県に住む18歳の少年が逮捕されました。
ある朝、自宅に突然埼玉県警の刑事が来て、「話は警察署で聞くから」と言われ、神奈川県から埼玉県に移送されてしまったのです。

取調室では、当初、少年は「僕はやっていない」と一生懸命に否認していましたが、夕方になって刑事から「指紋が合致しているから、何を言っても通じないんだよ」とたたみ込まれました。
その時、少年は、頭の中が真っ白になって混乱し、刑事の問い詰めに「はい。」と返事したため、自白調書が作成されました。

その数日後、母親が面会に来て、
「やっていないなら、やってないと男らしく言いなさい!」
と怒られてから否認に転じたものの、時既に遅し。
何を言っても通じず、一審の埼玉家裁から保護観察処分を言い渡されました。
これは、大人で言えば執行猶予付きの有罪判決といったところです。

そこで、お母さんは考えました。
発生の時間帯には確かに家にいたから、犯人でないことはわかっているが、親ではアリバイの証明にならない。
ならば、有罪の根拠となった「指紋鑑定」 がおかしいのではないか。

さぁ、ここから母の鑑定人探しがはじまりました。
とは言え、どこへ行けば鑑定をしてもらえるのかわからなかったため、“FBIにでも頼むしかないな”、とも思ったそうです。
お困りになって弁護人に相談をした結果、弊社の情報を得たということでした。
まずは隣の栃木県に鑑定人がいたことに、お母様は驚いたそうです。

当時、事件は東京高裁に移っていたので、私は同高裁に出張し、問題の指紋鑑定書を閲覧、そして写真撮影を行ないました。その時、同高裁の書記官や他の上司の方が覗きに来て興味を示し、とても親切に対応してくれたことを覚えています。

指紋の再鑑定をした結果、非常によく似ていましたが、少年のものとは違う指紋でした。
よもや、警察の鑑定官が間違うとは思ってもみなかったことです。

この現場指紋は、コンピューターによって割り出されたものでしたから、コンピューターに間違いはないだろう、といった先入観があったのではないかと思いました。

本当に、プロでも間違うほど酷似していた指紋だったので、私も気を引き締めなければ、と思いました。

これを受けて少年の弁護人から高裁に、指紋の再鑑定書が提出されたところ、その7日後に「原審破棄差し戻し」の判決が出されました。
さすがに、この速さには弁護人もびっくり、私もびっくりでした。

ところが、差し戻し審判決の6日前、埼玉県警は「指紋鑑定は誤りであった。」と記者会見で謝罪したのです。

このことは知り合いの記者から連絡があり、私もNHKの夕方6時のニュースで見ました。
当然、差し戻し審で少年は、晴れて無罪となりました。

ここまで来たのは、お母さんの子供に接する熱意であり、私は思いました、
“母は、強し”だと。

 

                    齋藤鑑識証明研究所
                   取締役会長 齋藤 保