筆跡鑑定について

筆跡鑑定の歩み

筆跡鑑定のはじまりは古代ローマ時代

現代の筆跡鑑定の原型となるものは、古代ローマ時代に初めて行われたと言われています。古代ローマ時代、共和制の崩壊によって人々の間に混乱が生まれ、混乱に乗じて公文書や権利書などの偽造が、役人の間で行われるようになります。このような悪行を防ぐために、初代ローマ皇帝が筆跡の識別を試みたと伝えられています。

日本の筆跡鑑定の起源

日本での筆跡鑑定のはじまりは、平安時代まで遡ります。当時は、美術品に施された芸術家たちの真偽鑑定などを中心に行っていたので、筆記鑑定と言っても現在のような科学的な要素を含んだものではなく、鑑定人の眼力に頼った主観的な要素が大きいものでした。

しかし、1890年代に入り裁判制度が確立されて筆跡鑑定が必要とされると、鑑定人の主観による結果では済まされなくなりました。そのため、科学的な分析が発展して客観的に識別できるような調査方法が研究されていきます。

現代の筆跡鑑定

人は、一生の間に数え切れないほどの文字を書き、その頻度の高いものほど筆癖が生じやすくなります。個々が育った環境により性格や価値観が異なってくるのと同じように、筆跡も一人ひとり差が出てくるものなのです。現在では、その筆癖を鑑定人のスキルや科学的な分析によって判別できるようになり、裁判でも多く利用されるようになりました。

ただ、筆跡においては酷似している筆癖を持つ別人もいますし、同一人物であっても状況に応じて筆癖が変わるケースもありますので、基となる鑑定資料の文字数が豊富にあると筆跡鑑定の精度は高まります。

筆跡鑑定の概要

《筆跡鑑定が行われるケース》

  • 契約書に自分の名前が書いてあるが、その契約書に署名をした憶えが無い。本当に自分が書いたかどうかを鑑定してほしい。
  • おじいちゃんが亡くなって遺言書が発見されたけど、どうも文字を見るとおじいちゃんの字ではない気がする。鑑定をしておじいちゃんが書いたのかどうかを確認したい。
  • ご近所トラブルがあってから、頻繁に自分の家に嫌がらせの手紙が届いて困っている。誰が手紙を送って来るのかをはっきりさせたい。

 

このように、筆跡鑑定が行われるケースは、日常的な小さなトラブルが発端となることが多いのです。 それは、人が日常的に字を書き、書類を作ったり、サインをしたりしているため、その文字を巡って争いが生じる事があるからです。

なぜ筆跡で人がわかるのか?

そもそも、なぜ筆跡で個人の特定ができるのかというと、文字には筆跡特徴というものがあるからです。人が初めて小学校などで文字を習う時は、全員が同じ見本(書法規範)をなぞって練習します。その後、覚えた文字を自分の書きやすいようにアレンジしていきます。つまり、長年、繰り返し無意識に書いている間に、筆跡特徴となるのです。

しかし、筆跡特徴は唯一無二ではありません。人が違っていても同じ筆跡特徴を持っている場合があります。そのため、一つの筆跡特徴性が一致しているだけでは判断せずに、多くの筆記個性が一致して、偶然性を十分に排除してから個人を特定しています。

筆跡の検査方法

では、人の書いた文字をどのような方法で判別しているのか。その検査方法は実に様々なものがあります。
以下に、5つの検査方法を紹介したいと思います。

《主な検査方法》

  1.  1.字画検査 
  2.  2.筆圧検査 
  3.  3.偽筆検査 
  4.  4.筆順検査 
  5.  5.配字検査 

鑑定ができる条件

筆跡鑑定を行うためには、条件に合った資料が整っていることが必要です。ここでは、筆跡鑑定ができる条件をいくつか紹介します。

鑑定資料と対照資料

筆跡鑑定は、基本的に鑑定資料と対照資料が存在しています。例えば、遺言書が本当におばあちゃんによって書かれたかどうかを確かめたい場合は、鑑定資料が遺言書となり、対照資料はおばあちゃん本人によって書かれた資料になります。この2種類の資料に書かれた同じ種類の文字同士を比較して、遺言書が本物かどうかを判断しています。

共通文字の種類と個数はあるか

1)でも述べたように、筆跡鑑定は、同じ種類の文字同士を比較して筆記者を特定しています。そのため、鑑定資料と対照資料に同じ文字が書かれていないとそもそも鑑定を行うことができません。

さらに、仮に鑑定資料と対照資料に同じ文字が書かれていたとしても、偶然的に似ている字を書いている場合も考えられますので、1種類の文字だけでは判断ができません。しっかりとした根拠を見いだし、筆記者を判断するためには、少なくとも漢字3種類以上の文字を比較して人物を判断しています。また、1種類の文字を複数個比較することで、より鑑定の精度が向上します。

同じ時期に書かれた資料か

人は生涯において同じ文字を書き続けることはなく、文字の熟練度合いによって変化が伴います。しかも、文字が変化する時期は人によって様々です。例えば、学生時代に文字が上達する人もいれば、30代になってから書道やボールペン字を習い、上手くなる人もいます。

反対に、仕事が変わったことで文字を書く機会が少なくなり、文字が下手になるケースや病気・高齢により文字が乱れることもあります。

そこで、条件を揃えるために、比較する文字は同時期に書かれたものを使用します。

同じ程度の筆記速度か

筆跡鑑定において、文字を書く速さは最も重要な要素と言っても過言ではありません。それだけ筆記速度が文字に与える影響は大きく、同じ人が書いた文字でも、筆記速度が異なれば全く違う文字になってしまいます。

よくこんな質問を受けることがあります。

「サインのように速く書いた文字と、丁寧に書いた文字でも、本当に同じ人かどうかわかるの?」

この問いのような条件だと、分からない、というのが答えです。

そのため、鑑定資料に書かれた文字の筆記速度が速ければ、対照資料も同じ程度に速く書かれた文字がある資料を用意しなければいけません。

同じような筆記用具を使っているか

どんな筆記用具を使ったかでも、文字は変化します。ペン先の太さなどの影響を受けて文字を大きく書いたり、画線と画線の間隔を通常よりも広く空けたりします。

主に、ボールペン、シャープペンなどは、概ねペン先の太さが同じなので、あまり大きな影響はありませんが、万年筆、マジック、毛筆などは、ペン先が太いため、同じ筆記用具で書いた文字同士で鑑定をする必要があります。

伝統的筆跡鑑定法とは

 筆跡鑑定の歴史を紐解くと、昭和40年頃には【伝統的筆跡鑑定法】という鑑定法を多くの鑑定人が活用していました。しかし、その鑑定に対する評価は、「多分に鑑定人の経験と勘に頼るところがある。鑑定という性質上、その証明力には限界があるとしても、鑑定方法が非科学的で、不合理であってはならない。筆跡鑑定におけるこれまでの経験の集積と、その経験によって裏付けられた判断は、鑑定人の単なる主観にすぎないものである。」と、非常に厳しいものでした。

 そこから、昭和の後半~平成にかけて、筆跡に関する調査や実験データを踏まえて社会的な信頼性を得るための努力が積み重ねられてきました。多くの筆者によって繰り返し書かれた筆跡から、科学的な手法で客観的な筆跡特徴を抽出する調査や実験が数多く開発され、それにより、配字検査、筆順検査、文字の誤字・誤用検査、偽筆検査など鑑定方法が確立されました。さらに、字画検査では、鑑定人の主観を排除した手法へと改善され、現在に至ります。

 このように、伝統的筆跡鑑定法は、それ自体では証明力が低く、まだまだ発展途上な鑑定方法でしたが、この方法がなければ現在の筆跡鑑定が確立することもありませんでした。そういった意味では、筆跡鑑定の礎を築いた方法ではないかと思います。