筆跡について

筆跡が人の特定に役立つ理由

 筆跡とは、人によって書かれた文字(あるいはその痕跡)のことを言います。何故、筆跡から人の特定ができるかと言うと、文字を書くという行動は、脳からの指令によって、筋肉が運動し、筆記用具を使って、視覚と感覚で修正しながら行われます。その一連の行動が、人により固有の特徴として文字にあらわれるため、書いた人を見分けることができます。

 実際に筆跡から人を特定する時は、同じ文字同士を比較して、同一人物によって書かれたかどうかを判断します。例えば、「齋藤」と「田中」では文字が違うので鑑定ができず、「齋藤」と「齋藤」のように同じ文字同士を比較して、同じ人が書いた文字か、別人が書いた文字かを判断しています。

1文字の構成要素

人は、主に以下の3つの要素を意識しながら文字を書き進めています。

◆運筆状態・・・
画線を直線に書くか、上に反るか、下に反るか、曲がる箇所がなだらかか、角張りか、など
◆字画形態・・・
どの位置から入筆するか、どの方向へ筆記するか(真横か、斜め上か、斜め下か)、どの程度の長さで書くか、など
◆字画構成・・・
画線と画線を交差させる位置、偏と旁の大きさや位置関係、文字を傾斜させるかどうか、など

これらの要素は、ひとりひとり感覚が違うため、そこから個性が生まれます。

筆跡鑑定と指紋鑑定の違い

弊社では、指紋鑑定と筆跡鑑定を取り扱っており、どちらも個人の特定ができる点では同じです。しかし、これらの鑑定で違う部分も数多く見られますので、ご紹介します。

  • 筆跡は変化する
    指紋は年齢を重ねても紋様が変化することはありませんが、筆跡は年数が経過すると文字の熟練具合などによって変化する場合があります。そのため、文字を比較する際は、同じ時期に書かれた文字同士を比較する必要があります。

  • 鑑定基準の違い
    筆跡は書字行動が文字として残されたものであり、指紋は皮膚の模様が実態として残されたものです。指紋も筆跡も、鑑定する時はたくさんの特徴を比較して、同じ人のものかを見極めています。指紋は特徴とされる箇所が12点一致することで同一の指紋であると認定しています。対して筆跡は、偶然性を排除するために、数種類の文字を比較して、その整合・相異等によって書いた人を見極めています。

  • 同じ特徴をもっているかどうか
    指紋は人それぞれ異なり、ひとつとして同じものが存在しませんが、筆跡は偶然に同じ筆跡特徴を持つ文字を書く人が複数人いることがあります。特に、数字など画数の少ない単純な文字は、同じ特徴を持つことが多いため、比較する文字としては適していません。

  • 大きさの違いがあるかどうか
    指紋の大小は、人によって多少ありますが、著しい違いはありません。対して、筆跡は文字の大きさに制限がないため、筆記者によって大小が変化します。それにより、筆跡鑑定では、文字の大小も個性として捉え、指紋鑑定にはない検査を行うことができます。

  • 意図的に変化させることができる
    指紋の模様は、人の心証で意図的に変化させることはできません。しかし、筆跡は書く人の心証で、誰かに似せて書くことが可能です。そのため、偽筆検査というものを独自に設ける必要があります。筆跡鑑定に取り組む前は、案件内容を十分に確認し、普段の筆跡を変化させている可能性も視野に入れて、鑑定を行わなければなりません。

※ 偽筆検査の詳しい内容はこちらをご覧下さい。

筆跡鑑定と指紋鑑定の証拠能力の違い

 鑑定の証拠能力がどの程度あるかは、鑑定によって得られた結果に対する根拠が明確で、信頼性があるかによります。あらゆる鑑定の中で、指紋鑑定は証拠能力が最も高いです。その理由は、万人不同(同じ指紋をもつ人がいない)、終生不変(生涯にわたって紋様が変化しない)という性質を持っているためです。そのため、複雑な鑑定基準が不要で、「2つの指紋を比較して、特徴が12箇所一致すれば、同じ指紋と認める」という誰もが分かりやすく、争いのない証明が可能です。

 一方で、筆跡鑑定は、筆記条件によって若干ながら筆跡が変化することと、違う人が偶然に同じ筆跡特徴を持つ文字を書く可能性もあるため、鑑定方法が明確に定まらず、何種類の文字をどの程度鑑定するかは、鑑定人によってそれぞれ異なります。そのため、同じ資料を使って鑑定しても、鑑定人によって結論が異なる可能性があることから、一般的に証明力は指紋鑑定の方が優っていると言えます。ただし現状は、誰もが納得できる鑑定基準を設け、鑑定の経過を示せば、裁判所にて判決に大きく関わる証拠として認定される場合もあります。

筆跡特徴とは

 人が文字を覚える場合、特に日本では教科書等を使って、みんなが同じ見本・書き順で習得します。それがいわゆる書法規範です。そして、書法規範を間違えて覚えている場合や、自身が筆記しやすいように変化させることにより、その部分が特徴となり、筆記者の識別が行えます。つまり、書法規範にはない部分が筆記個性となります。

筆跡の希少性と恒常性

 筆跡は、文字に対するイメージを書くという行為によって表現される。脳から指令が出されて、筋肉が運動し、視覚と感覚で修正しつつ書かれ、その一連の行動を通して文字に特徴が表れる。そのため、文字の形を単に比較するのではなく、脳から指令された情報をいかに把握するかが、重要になります。筆跡は、筋肉の運動や筆記用具の影響によって、書く度に多少変化を伴いますが、文字のイメージを表現するために出される脳からの指令は常に一定なので、複数個の文字を検査し、毎度表れる特徴を抽出することにより、確度の高い鑑定が行えます。これを恒常性と言います。

 また、文字の画数・筆順・送り仮名などを間違って覚えている場合は、それがそのまま特徴となり、書いた人を識別する根拠になります。これを希少性と言います。

個人差と個人内変動

 筆跡は人によって個人差があるため、筆記者の特定が可能ですが、同じ人物が書いた文字でも多少ながら変化が生じます。

 筆記者が違うために書いた文字の形や特徴が違うことを「個人差」といい、同じ人物によって書かれた文字でも変化が生じることを「個人内変動」といいます。これらを見極めることは筆跡鑑定で欠かせない要素となっています。

個人差・・・・・
違う人によって書かれた文字を比較した時の差
個人内変動・・・
同じ人物によって書かれた同一文字の差

 

  • 資料の筆記条件
    はじめに、これらの違いを見極めるために、そもそも個人内変動が生じない環境を整えることが重要です。具体的には、同じ人物が書いた資料でも、作成時期、筆記速度、筆記用具、筆記方向(横書き・縦書き)などの条件が同じ資料を入手することが望ましいです。これにより、個人内変動が生じにくく、見極めがしやすくなります。

  • 恒常性の抽出
    個人内変動によって生じた変化は、一過性の場合が多いです。そのため、同じ人物によって書かれた文字が複数個ある場合は、必ず多くの文字を鑑定に使用します。そうすることによって、文字の特徴が一過性であるか恒常的に表れているかの判断ができます。また、個人内変動で生じた可能性が高く、一時的に表れた部分を除外することで、個人差と個人内変動を区別することができます。