鑑定事例

名古屋市の窃盗えん罪事件

※音が出るのでご注意ください

【1.事件の概要】

1999(平成11)年7月26日午前10時ごろ、名古屋市内の住宅街において民家の掃き出し窓から侵入し、一階の寝室にある化粧鏡台の引き出しから現金約45万円を窃取したという窃盗事件が発生しました。

被害者は、直ちに警察署へ届け出たところ、警察署の刑事や鑑識係がすぐに来て捜査を開始しました。
そして被害現場の指紋検出活動をして、化粧鏡台の引き出しから指紋を採取しました。

※ 写真はイメージです。

 

【2.犯人の割り出し】

採取した現場指紋の中から犯人を割り出すため鑑識課で指紋自動識別システムに照会したところ、名古屋市内に住む相川さん(仮名)が該当しました。

相川さん(33歳)は、少年の頃に道路交通法違反で検挙されたことがあったため、警察に指紋が保管されていたのです。

※ 写真はイメージです。

【3.突然の逮捕と心の葛藤】

1999(平成11)年7月30日、午前7時半ごろ、自宅において、相川さんは捜査官に突然逮捕令状を示されて逮捕された。

玄関先で手錠をかけられた相川さんは、全く身に憶えが無いので、戸惑いながらも、ここで騒いでも近所のうわさになるばかりだろうと思い、話せばわかるはずだからと自分に言い聞かせて警察署に連行されました。

その後、身に憶えが無い罪の自白を攻め立てられたが、ここで認めてしまうと妻や子どもに迷惑がかかるとの思いがあり、どんなに責め立てられても自白はしなかったといいます。

そして、相川さんは逮捕から3日後、当番弁護士に依頼して何とか疑いを晴らそうとしました。

※ 写真はイメージです。

【4.必死の思い出し】

とんでもないことになってしまったと感じた相川さんは、どうして自分の指紋が被害者宅にあったのか、必死の思いで弁護人とともに思い出そうとしていました。そのためには、被害者宅の住所がどこかを知る必要があり、弁護人に被害者名とその住所を調べて貰いました。
しかし、被害者の場所と名前を聞いても思い出せませんでした。

そこで、相川さんはエアコン設置業をしていたので、その仕事をした家かもしれないと思い、弁護人に対して「親方に聞いてもらえば、工事日報など関係書類が残っているかもしれない。問い合わせをしてほしい」と言いました。

急きょ、弁護人は、相川さんの当時の勤務先に問い合わせをすると、被害者宅で3年前にエアコン工事を行っていることがわかり、それを示した工事日報が残されていました。
弁護人は、早速、入手した工事日報を相川さんに見せたところ、記憶がよみがえり、被害者宅でエアコンの設置工事の時に化粧鏡台を動かした事を思いだしました。

相川さんは取調官と検察官に対して、自分の指紋はエアコンの設置工事の際に化粧鏡台を動かした時に付いたものだと主張しました。

しかし、取調官は、「3年前の工事の指紋などは、残るはずがない」といってそのまま起訴してしまいました。

※ 写真はイメージです。

【5.鑑定依頼】

1999(平成11)年9月17日に名古屋地方裁判所にて第一審が開始された。最も争点となったのは、やはり鏡台に付着した相川さんの指紋はいつ付いたかということであった。

丁度その時、この事件をテレビ局が取材しており、その記者から当研究所に鑑定取材の相談があったのです。
今回の鑑定は、化粧鏡台に付いた指紋がエアコン設置工事の時に付いたのか、それとも窃盗の時ついたのか、特定することが求められました。

そこで着目したのが、指紋の圧力でした。窃盗の時は化粧鏡台からお金の盗み出すために、引き出しを開閉するだけだから、そんなに力は要りません。
それに対して、エアコン設置工事は化粧鏡台を動かすから、指に相当の圧力がかかります。
指に圧力がかかれば、指紋線は潰れて、線が太くなるので、この習性を利用すれば化粧鏡台の指紋がどの位の強さで付着したのかが分かるのです。

※ 写真はイメージです。

【6.指紋押圧力推定の実験】

早速、本人の協力を得て実験をしました。実験方法は用紙に120g、500g、1㎏、2㎏、3㎏、4㎏、5㎏、6㎏と圧力を変えながら一つ一つ押していって、現場の指紋と同じような
線の太さの指紋を探しました。

すると、3~4㎏で指紋を押したときに化粧鏡台の指紋線と同じ太さになったので、化粧鏡台に付いた指紋は3~4㎏の力で押したときの指紋であることがわかりました。

人が日常で物に触るときは、概ね200g~300gなので、3~4㎏は相当な圧力ということになります。
なので、化粧鏡台の指紋は引き出しを開閉するときではなくて、化粧鏡台を動かす時に付いた指紋であると判断しました。

この実験結果を、テレビ局に伝えてそこから担当の弁護人にも伝えられました。
※ 写真はイメージです。

【7.無罪判決】

2002(平成14)年3月12日、相川さんに無罪判決が言い渡されました。相川さんと弁護人は、さぞ安堵と喜びをかみしめたことでしょう。
そして、控訴期限前日の2002年3月25日、検察官は控訴断念の記者会見をして晴れて無罪が確定しました。

主任弁護人に早速お祝いの電話を入れたところ、「判決公判での検察官の剣幕から控訴もあり得ると心配していたが、無罪になって安心した」と喜びは隠せない様子でした。

※ 写真はイメージです。